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【アラベスク】  第14章 kiss



第3節 晩餐会 [7]




「したんだな」
「してない」
「いつだっ!」
「してないって言ってるだろうっ!」
 聡の右手が瑠駆真の胸倉に伸びる。
「いい加減にしろよ」
「それはこっちの台詞だ。抜け駆けはするなと言いながら、自分はしっかり手を出していたんだな?」
「お前みてぇなエロ野郎に言われたくはない」
「心外だ。僕は性的欲求の為に美鶴に手を出すなんて事はしないっ」
「っだとっ! じゃあ俺はそうだと言いたいのか?」
「どう見たってそうだろうっ!」
「ふざけんなっ!」
 右手に力が篭る。
「お前こそあれこれやってるじゃねぇか。春の校庭でだってそうだ。その後だってちゃっかり美鶴の部屋を用意した挙句に、いきなり抱きついて名前で呼べだのなんだのと喚きまくったしよ」
 途端、瑠駆真の表情が険しくなる。忘れたい醜態。
「お前のやってる事だって、十分反則だっ!」
「なんだとっ!」
「やるかっ!」
 伸ばされた手を避けようと身を捩る聡。握られた胸倉が釣られ、瑠駆真の身が揺らぐ。負けじとこちらも腕を伸ばし、聡のジャケットの襟を掴む。
「だいたいお前はいつだって気に食わねぇんだよっ。学校でだって、いつも女どもにはヘラヘラしやがってよ」
「いつ僕がヘラヘラなんてしたっ」
「してるじゃねぇか。王子様だかなんだか知らねぇけどよ。誰彼(だれかれ)構わずに愛想振り撒きやがって。それでよく美鶴の事が好きだなんて言えるなっ!」
「僕が好きなのは美鶴だけだ。他の女子に対しては、無闇にトラブルを起こすと美鶴に迷惑が掛かるかもしれないと思っての事だ」
「どうだかっ!」
 卑猥な笑みに、瑠駆真がグッと手に力を入れる。
「彼女の学校での立場を考えれば当然の事だ。そんな気遣いもできないなんて、君こそ本当に美鶴の事を想っているのかっ」
「なんだとっ!」
 聡の弱み。一番の弱点。瑠駆真には、知能や機転では敵わない。
「お前なんかに、お前なんかにっ!」
 反論もできず、怒りに任せて力を込める。
「ぐっ!」
 息苦しさに顔が歪む。
「負けるかっ!」
 腕力では聡には敵わない。なら足でっ!
 思いっきり振り上げたつま先が脛の中心へ。
「っ!」
 表情が歪み、大きく身体が揺れる。
「うわっ!」
 思いがけず圧し掛かられ、瑠駆真は相手を押しのけようと腕を伸ばす。が、振り上げた足がバランスを崩す。聡同様、軽く着替えを薦められた瑠駆真の足にも履きなれない革靴。
「おおぉ」
「わっ ちょっちょっちょっ」
「わわわわっ!」
「やめろ、どけっ!」
「それはこっちのセリフッ!」
 叫び声だか慌て声だかわからないような声が重なり合い、そこにド派手な音が覆い被さる。
「どけどけどけっ」
「無理ムリむりっ!」
「おわわわわわわぁぁぁぁっ!」
 ズサササッ ドサッ チュッ!
 痛ってぇ
 倒れる瞬間に目を瞑った聡は、まずそう思う。
 なんなんだよ。これだから着慣れない服ってのは嫌なんだよ。って、あぁ、膝をどっかにぶつけたな。まぁ 大した痛みじゃねぇか。………… って、え? チュッ?
 パチッと見開いた小さな瞳。男らしいが澄んだ瞳がパッチリと凝視する。その先には、見目も麗しい円らな瞳。星でも宿っているのではないかと思いたくなるような、深く艶やな品のある黒。
 え? 瞳? い、いや、それよりも、この感触は?
 じんわりと広がる柔らかな暖かさが唇の上に。
 ………………
「ぬっ ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 素っ頓狂な声と共に跳ね起きる。勢いで瑠駆真を突き飛ばし、その反動で自分も突き飛ばされ、無様に尻餅をついたまま硬直する。
 一方、突き飛ばされた瑠駆真の方も、茫然自失で動けない。
 突き飛ばされて身を仰け反らせ、中途半端に両足を伸ばしたまま、こちらも尻をペタンと地面につけている。そして硬直している。いや、よく見れば少し震えてもいるようだ。表情もやや蒼白。
 やがて片手を口に当ててみる。その指も微かに震えている。
「まさか、まさか」
 擦れる声も震わせ、まるでこの世の終わりと対峙するかのよう。
「まさか僕は、今」
 今、聡と、き、キスを―――― キスをしてしまったのかっ!
 ゾゾゾゾゾォォォォォォォッ!
 悪寒が昇龍となって背中を駆け上る。それは聡とて同じ事。
 俺は、俺は今、よりによってコイツと、コイツとっ!
 頭がグラグラと揺れるような錯覚。
 あり得ない。あり得ない。絶対にアリエナイッ!
 と、そんな二人の耳に響く激しい破壊音。
 振り仰ぐ先で、これまた硬直する少女。
「お前たち」
 こちらの声も震えている。
「美鶴」
「美鶴、今の」
 見ていた、のか?
 震える両手を唇に当て、混乱した様相の美鶴。足元には、落として割れたグラスと飛び散った中身。たぶん二人分のオレンジジュース。
「お、お前たちって」
「美鶴、今のは、あの」
 ただの事故だと言いたいのに、頭が混乱して言葉がうまく出てこない。寒さで(かじか)んでもいるのだろう。震えてうまく動かない唇に、妙な暖かさがしつこい余韻となって漂っている。
 そんな二人を見下ろしたまま、美鶴は目撃してしまった情景に絶句する。
 今、この二人、キス、してたよな? 聡が瑠駆真に圧し掛かって、まるで聡が迫ってるみたいな感じで。いや、でも瑠駆真の方だって、聡に腕を伸ばしてて、まるで抱きとめるみたいな体制だったし。
 嘘。マジ? なんでこの二人が?







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